東山魁夷展[ひとすじの道]横浜美術館 <前半>2/4鑑賞
・<後半>2/23鑑賞 ◎
東山魁夷の美術展
東山魁夷画伯の作品はいつの頃から敬愛するようになったのだろうか。どこかの展覧会で観たのがきっかけとなり、その後画集やエッセイ集を数冊買っては時々読んだり眺めたりしている。
実は私の未完の長編『森のホテル』を途中まで読んだ方はひょっとして覚えて下さっているかもしれないが、作品中にも画伯の絵のことは登場してくる。森や湖の描写などをするときは、画伯の絵を見ながら想像を膨らませたりしているので、私にとっては個人的に特別に関わりが深い方なのである。
そんな時に横浜美術館で今までにない規模の展覧会をやるというので、私の心は躍った。前半と後半に分かれているのをつゆ知らずになぜか今日行かなくてはとまるで突き動かされるようにして出かけた2月4日は偶然にも前半最後日であった。
前半、後半と作品を見終わって、私は前半の方により好きな作品が集中していたので、本当にあの日遅くなって急に出かけた幸運に感謝したい気持ちでいっぱいである。
実に国内の美術展で私は今までこれほど感動したことはなかったのである(前半の展示会)。確かに最近涙ぼろくなっているとはいえ、何度も泣きそうになり、混んでいたためにとても泣ける状況になかったため、堪えるのに苦心したほど素晴らしいものであった。
特に感動した作品を挙げてみることにする。
<前半の展覧会から>
まず「郷愁」。ひょっとして一番これが心に響いてきた作品かもしれない。心の中が溶けてしまいそうになったのだ。絵を見つめているだけで、じわじわと泣けてくる、そんな一枚だった。どこがどうということはない田舎の風景なのだが、その全てが優しく溶け合うような緑の色彩に包まれて私の奥にある心の景色なるものを呼び覚ますのかもしれなかった。
次に名作である「道」。これは今までに多くの人を感動させてきた名画であるが、やはり目の前にすると感動もひとしおである。人というものが、人生という道を歩いていくということ、先の見えない道を前向きで歩き続けること、つまり生きるということを象徴しているように思える。そして観るものを励まし、明るい未来を呼びかけているようにも思われて、心が強くなれるような感じがする。
「白馬の森」この幻想的な美しさには参ってしまった。魁夷画伯にとって白馬は特別な存在である。この世ならぬ馬の白くて純粋な美しさ。画面いっぱいに広がる青の深さと静寂。作品の中に入ってしまいたいような一枚である。
「夕静寂」自然の深い山々は一面が深い群青色に包まれ、その中に真っ白な小さな滝が流れていく。その静謐さ、神聖さ。空気が澄んでくるようだ。
「夕星」魁夷画伯が夢の中で見た忘れられない風景だという。四本の大きさの異なる木立が湖だろうか、水面に向かうようにして立っている。この木がまるで人のように思えた。とても印象的で何かを象徴しているように思われる。
その他にも前半では、「樹根」「月出づ」「夏に入る」などが気に入っている。
<後半の展覧会から>
「秋翳」現実にはあり得ない一面が真っ赤に染め上がった紅葉の山。背景にあるピンクグレー色をした空がなんともその美しさを高めている。美しい秋の一枚。
「白夜光」これは私にある素晴らしい光景を思い起こさせた。それは昔ニューオリンズを早朝に発つとき、飛行機から見下ろした神々しくも美しい光景であった。水面が銀色に輝き、普段は目にすることの出来ない天上の光景。水とは鏡のように光を反射するがその自然の動きの繊細で純粋な美しさ、それを見事に表現し得ていた。多くの人が溜息を漏らしていた一枚である。
「森の幻想」。西洋の深い樹木が茂るその奥で、夜中に宮廷の舞踏会が密やかに執り行われているという、空想好きな人間には溜まらないファンタジーの一枚。ここから何か短編が書けるかもしれない。
「白い朝」
一面の白い雪に覆われた世界に、たった一羽の鳥が羽を微かに震わせて木の枝に止まっている。そのいじらしいような姿が私を打った。羽を必死に膨らませて堪え忍ぶ強さ。その姿にまたしても涙が込み上げてくるのだった。
その他、常設より「冬華」「花明かり」が気に入る。
これら二つの作品には満月が描かれているが、今回の展覧会で魁夷の絵に出てくる月は全てが満月なのである。それを後で発見した。
魁夷画伯の心の中では、月は常に満ちているのである。
最後に、<唐招提寺御影堂壁画>
中国の景色を描いた水墨画も素晴らしいが、私は魁夷が日本を代表する景色として描いた以下の二つの大作に最も感銘を受けた。
「濤声」
この魁夷の生涯をかけた大作は一度は観て欲しい。一面に描かれた海が会場に広がっているのは息を呑むほどの圧巻であり、その色彩の美しさはどんな画集でも出せないと思う。前に立っていると、海の中にいるというより、海に抱かれている気持ちになる。岩にぶつかっては消えていく波の音が聞こえる。是非観るというよりは体験して欲しいと思う。
「山雲」
床の間の壁に大きく描かれた魁夷渾身の大作である。それがどのようなものであるか。敢えて書くならば、それは聖なる空間を創り、周囲の空気をも浄化する力を有する人間を超えたものであると私は体感した。その前では人は敬虔な気持ちになり、心を清らかに一新しようと誓う。魁夷のこの作品によって、その場に神殿が現出しているのであった。
以上 2004年3/8夕方 記述
Posted: Mon - February 23, 2004 at 10:23 PM